ヨハン・ファント[Johan Fant]という男
COMMUNEブログにスウェーデンのストックホルムから記事を上げてくれているJohan Fant[ヨハン・ファント]のプロフィールをAbout内にアップしました。プロフィールついでにJohanと自分について少し。
海外に住むと実感することなんですが、自分のアイデンティティは日本という国やその文化に多くを依存してるんだなぁと思います。そして海外にいるといかに自分が自分の国や文化について無知なのかを思い知らされます。そして日本人以上に日本人らしいスウェーデン人Johanといると、さらに思い知らされる訳です。実際、映画「うなぎ」や「花火」、「ポストマン・ブルース 」や村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」も彼から勧められましたし、今でもドラマなんかはスウェーデンにいる彼の方がなぜかよく知っている始末です。
とにかくネットや映画や漫画や友人など、あらゆることで日本について地道に勉強し続けたJohanが今、日本語教師として日本に興味を持つ多く教え子を抱えるようになったのは頷けます。それはもう彼にとっては自分のルーツを捜す旅、いや前世の自分を探す旅のようなものなのかもしれません。それぐらいの強い衝動と熱意をひたすら日本に傾けてきた結果といえるでしょう。
そして、この春には仕事で教え子を連れて日本にやってきます。それは彼にとって、1つの夢を実現したと言えるのかもしれません。これからさらに日本に関わることを生業として、あっちとこっちを行き来しまくって、もうほぼ日本人と呼んでもいい日が来るのは時間の問題なんだろうな、なんて思ったりもします。
1998年、自分が留学で初めてスウェーデンを訪れた際、ストックホルムのKというバーで出会ってから11年。その頃彼はまだ日本語の勉強を始めてそれほど立っていない頃、僕に至ってはスウェーデン語を始めて数日だった頃、20歳の時でした。そこから無口なスウェーデン人と自己主張の強い日本人との関係は始まり今に至ります。そこにはお互いにとって決して切り離すことができないスウェーデンと日本というものが媒介していますが、今はそれぞれ少し大人になり、彼は教師に、自分はデザイナーに。会う頻度は減りましたが、今も昔も変わらずつきあえる確実に親友と呼べる友人の1人です。
彼の発する言葉は少ないだけに重みがあります。大学時代の恩師が言っていた、「その国の文化を知るということは、○○人という言葉でひとまとめにできる一般論ではなく、一人の人生を深く知るということでしか理解し得ない。」という言葉を思い出しました。Johanはきっとこれからも日本人にきわめて近いスウェーデン人の視点で、確かな言葉を持ってストックホルムと日本にまつわる比較文化論とも呼べるような記事をCOMMUNE BLOGに上げてくれると思います。そして彼の上げてくれる記事を通してスウェーデンを少しでも知ってもらえるといいなと思います。こうご期待。
by 上田亮 from Sapporo
